――周知のこととは思いますが、市井さんのデビューのきっかけを教えてください。
テレビ「ASAYAN」というオーディション番組に、当時14歳、中学3年生の時に応募したのがきっかけです。
――それはもう、自分から「やりたい!」と思って?
そうですね。実は3回目の応募だったんです。最初は書類選考、次は20数名までのところで落ちてしまって、最後は「モーニング娘。」が5万枚のプレデビューとしてのシングルを手売りで売っているところを見て感動して、その時に第一次追加メンバーのオーディションがあり、それに応募して受かりました。
――オーディションで勝ち進む中、自分が受かる自信はありましたか?
3度目だったので、どうしてもここだけは受かりたい!っていう気持ちはありました。でも、歌う審査であまりにも緊張して歌詞が飛んでしまったんです。そこを「どうしようどうしよう」という感じではなく、「ラララ~♪」で通したのが、スタッフの方に印象が残ったみたいです(笑)。
――切り返しができるということで評価があったのでしょうね。
諦めがついた部分もあったのかもしれないんですけど(笑)。「ああ、もういいや、ここは思い切って歌っちゃえ!」って。たぶんその意気込みだったのかな、と思います。

――もともと幼い頃から芸能界に興味があったのですか?
ありましたね~。上の姉が歌が大好きで、その影響があって自分も幼稚園や小学校低学年の時から、すごく音楽の授業が得意だったんですね。とにかく、成績は音楽だけが良かった。歌を歌いたいという気持ちと、テレビに出たいという気持ちが漠然と夢としてあったんです。
――じゃあ、クラスの中では前に出ていくタイプだったのですか?
いや、おとなしいタイプだったと思います(笑)。
――デビューして環境の変化はありましたか?お友達、ご家族などの反応は?
凄く変化がありました。両親はすごい喜んでくれていましたが、テレビに出た次の日は学校中が大騒ぎになって。親しい友達はそれまでの過程を知っていたんですけど、いきなり忙しくなって環境が激変したので、連絡が取れなくなってしまうこともありました。でも友達はテレビを通してずっと応援してくれていました。
――一番最初のお仕事のことを覚えていらっしゃいますか?
CDのジャケット撮影ですね。オーディションに受かって一週間以内くらいでした。当時のマネージャーさんから「あなたは次の日から芸能人です。」って言われたんです。その言葉があまりにも大きくて。当時幼かったですから、いきなりそんなこと言われても全然実感が湧かなくて。 ジャケット撮影では、周りに沢山の大人の人たちがいて、その環境に馴染むまでが凄く苦労しました。どうやって写真のポーズをとったらいいんだろうか、とか、自分の想像していた以上に困ってしまいました。でも先にデビューしていた5人のメンバー達が、ポーズの一つ一つを教えてくれて、そういったところから徐々に慣れていきました。

――モーニング娘。メンバーの皆さんとは当時どんな付き合いをされていましたか?
最初はどう接したらいいのかなと思ってしまい、会話も少なかったんですけど、ジャケット撮影も、PV撮影も泊り掛けで、家族より一番密に過ごしているメンバーだったので、徐々に仲良く打ち解けていきましたね。 メンバーから学んだ部分は大きかったと思います。挨拶の仕方も、撮影に対する姿勢も含めて。
――十代のまだまだ若い娘たちが、お互いに教えあって成長していく環境だったんですね。
教えてもらう部分も沢山あり、でもその中でいいライバル関係もあったんです。「負けたくない!」「自分が目立ちたい!」って。人数が多かったからこそ、比べられるし、どんどん自分を磨いこうと思える。その中で、メンバーのいい部分を自分なりに盗んでいこう!みたいな。でも、一人ひとり色が違うので、自分のキャラクターを確立していくことができました。
――そして、結果的には調和のとれたグループになるという。
そうですね。全員で一つの作品を作り上げていったという感じですから、それぞれの作品に対する思い入れも凄く深いんです。
――お仕事を離れても一緒に遊んだりしていたんですか?
ツアーの間に休みが取れたりすると、ツアー先で映画見に行ったり、遊園地へ行ったりしました。地方に行ったからには楽しまないと!みたいな気持ちがあるんだと思います(笑)。
――オフでも休まないんですね(笑)。
そうですね。いろんな土地に行くともったいないんですよね。車の移動だけだと行った気がしないので。それに、地方に行ってその地のものを味わったからこそ、ライブをした時のお客さんと距離が近くなれた気がします。