――デビューのきっかけを教えてください。
この仕事をやりたいと初めて思ったのが小学校1年生の時でした。雑誌の企画で遊園地のイベントに遊びに来た子たちの写真を撮るっていうものがあって、写真を撮られる事がすごく楽しくて、お母さんに「私モデルやりたい」って話して小学校4年生の時に事務所に所属しました。所属してからは、中学校3年生の時に『Seventeen』の専属モデルになって、女優として本格的にお仕事を始めたのは今年に入ってからですね。
――芸能界に入ることに関して、ご両親はとても協力的だったんですね。
すごく協力してくれていました。当時私は小学生で履歴書とかもまともに書けなくて、そういうときはお母さんに書いてもらっていましたし、オーディション会場に連れて行ったりもしてくれました。
――それでは現在の活躍ぶりをとても喜んでいるのではないですか?
喜んでもいますし、不思議がってもいますね。「不思議だね~」って言いますね(笑)。
――これまでのお仕事で特に印象に残っているものは何ですか?
2011年の1月クールに出演させて頂いた月9は、初めて監督に怒られて、今までも本気で取り組んでいましたけど、お芝居に対して「もっとやりたい」って気持ちになれる作品でしたし、そのドラマをきっかけに髪を切ったのでかなり印象に残っていますね。
――長かった髪を切られた時の周りの反応はいかがでしたか?
皆びっくりしてました。二度見する子もいれば、一瞬止まる子もいました(笑)。でも女の子からは「カッコいい」って評判が良くて、切って良かったと思いました!
――このお仕事をしていて良かったと感じる一番の瞬間は?
昔はすごく人見知りだったんですけど、今は人と話すのがすごく好きで、そういう沢山の人に会えるっていうのもありますし、もしかしたらその場でしか会えないかもしれない人と楽しい時間を共有できるというか、1つの作品を皆で協力して作る瞬間とか、皆が笑顔になってくれる瞬間に、すごく楽しいなぁ。やってて良かったなぁ。と思いますね。

――映画『カルテット!』にご出演が決まった時のお気持ちは?
びっくりしました。まず私がフルートを吹ける事はプロデューサーさんは知らなくて、私も楽器をやるという事は知らされていたんですけど具体的な楽器までは分かっていなくて、顔合わせの時に「フルートやるんだけど大丈夫?」って言われて「私元々フルートやってました!」って言ったらとても喜んで下さいました。
――剛力さんご自身がフルートに出会ったきっかけは何ですか?
はとこが「いらないフルートがあるからあげる。」って言って。私は元々ピアノをやっていて、あんまり上達しなかったんです(笑)。ピアノの先生がたまたま趣味でフルートもやっているからってフルートを教えてもらって、中学校3年間趣味でやっていたのが仕事につながってすごく嬉しいですね。
――フルートの演奏シーンはいかがでしたか?
演奏のシーンは緊張しました。リアルに何百人っていうお客さんが入って下さって、緊張しましたね…。でも逆に、ステージで演奏できるのって気持ちいいなって思いました。
――他に挑戦してみたい楽器があれば教えてください。
バイオリンやりたいと思いました!難しそうですけど、面白そうだなと思いました。機会があれば挑戦したいです。
――簡単にストーリーを教えてください。
家族のお話で、両親が音大出身で私の演じる美咲にフルートをやらせて、弟にも何か楽器をやらせようってバイオリンをやらせるんですけど、弟の成長がすごく速くて両親も急成長する弟にばっかり目を向けて、美咲がグレてしまうんですよ。「私なんか生まれてこなければよかったんだ」って。お父さんもリストラされてお母さんが働きに出たりして、そんな家族を見て弟が「こんなの家族じゃない。なんで俺が一番気を使わなくちゃいけないんだ。」っていうのと、お姉ちゃんと両親で、昔おばあちゃんに誕生日プレゼントで楽器の演奏をプレゼントしたことがあったんですけど、弟は「俺はそれに加わっていないから、俺もやりたい。」って言ったのがきっかけで「家族カルテットをやろう!」ってなるんです。でも家族カルテットをやる中でも溝や壁があって、音楽を通して家族の大切さだったり、愛が伝わる映画になっていると思います。
――千葉県の浦安市が舞台とのことで、震災の被害もある中700人以上がエキストラとして出演されているそうですね。
地域の方々の愛を感じましたね。浦安市の皆さんからエキストラを募集したんですけど、震災の直後ということもあって浦安市も被災地になっていたので、現場のスタッフさんも「どうしようか。」って悩んだり、市民の方も「こんな時になんでこんなことするんだ。」って感じていた方もいらっしゃったと思うんです。でもそんな市民の方々が少しでも元気になってくれたら良いなと思って私たちは創っていたんですけど、逆に浦安市民の皆さんが居てくれて、協力して下さったからこそできた映画で、逆に私たちの方が支えられていたなと感じますね。そういう所も映画の中に詰まっていて、町の雰囲気だったりとかに色んな人の愛がすごく詰まった映画です。