©三河映画

本作は、元小学校教師の映画監督・岩松あきらが、摂食障害を抱える教え子から聞いた実話をもとに、12年もの歳月を費やし完成させた渾身の作品です。現代の若者が直面するルッキズム社会の闇を鋭く描いた野心作。摂食障害とは、食事量や食べ方に関する行動の異常によって、心と身体の両方に影響が及ぶ病気の総称。厚生労働省によると、若い女性の100人に1~3人ほどが摂食障害に苦しんでおり、深刻な問題となっている。岩松監督はこうした問題の背景にある、痩せていることに価値を見出させる“ルッキズム”が蔓延する世の中に疑問を呈し、摂食障害に苦しむ主人公 早紀がさまよいながら生きる道を見つけていく姿は、観るものに「人は何のために生きるのか」という根源的な問いを突き付ける。

カンヌ国際映画祭・ヴェネツィア国際映画祭と並ぶ世界15大映画祭のひとつであるタリン・ブラックナイト映画祭のコンペティション部門の上映、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭のセレクション上映など、国内外で高い評価を受けてきた本作が、待望の公開を迎える。
公開に先駆け、4月28日(月)に、完成披露上映会の舞台挨拶を池袋 シネマ・ロサに実施し、上映前の舞台挨拶に岩松あきら監督をはじめ、主演の石川野乃花、共演の大島葉子獅子見琵琶が登壇した。さらに、ゲストとして自身も長年、摂食障害と戦ってきた女優の遠野なぎこも来場。映画を讃えると共に摂食障害の恐ろしさと社会の理解の必要性を涙ながらに訴えた。

岩松監督は本作について「摂食障害がテーマの映画ですが、摂食障害とひと言で言っても、風邪と同じようにそれぞれの方で症状も背景も違います」と断った上で、自身の教師時代の元教え子で、摂食障害を抱える女性から何度も話を聞き、さらに治療施設に入った患者の手記や様々なエッセイ、文献などを読み漁った上で「そこに我々の想像力、創造性をプラスして作りました」とふり返る。そして、摂食障害やその背景に存在するルッキズムを描きつつも「メインテーマは“家族”ですので、そのあたりも感じていただけたら」と呼びかけた。

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摂食障害に苦しむ主人公の早紀を演じた石川さんは、本作の撮影当時、現役アイドルとして活動していたことに触れ「周りは細くてかわいくて、ライバルがいっぱいいるんですね。『自分も痩せなくちゃいけない』『痩せたい』という思い抱えながら、この時代に染まってしまった気持ちを抱えながら、この作品に足を踏み入れたんですが、向き合っていくうちに『あ、違う…』、『そこじゃない』というのをやりながら感じた作品です」と述懐。そして私と同じ世代のみなさんに見ていただき、いろんなことを一緒に考えていけたらと思っています」と語った。

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早紀の母を演じた大島さんは、過酷な描写もある作品でありつつも、撮影の現場は決して暗い雰囲気ではなかったと語り「監督のおうちに合宿みたいにみんなで泊まって、手料理をいただきながら撮影していたので、自然とみんな仲良くなりました。毎晩、早紀の父親役の新藤栄作さんとお酒を飲んでいた…らしいです(笑)。(撮影が2016年に行なわれたので)もう記憶にないんですけど(笑)。みんな、家族みたいな感じで楽しく、映画は深刻で大変な物語ですが、現場は楽しく過ごさせていただきました」とふり返る。また、あるシーンの撮影について「新藤さんにキレて感情を爆発させるシーンで、ぎっくり腰になってしまいまして(苦笑)。いろんなご迷惑をおかけしつつ、なんとか一発で撮れないと大変ということで気持ちを落ち着かせてやりました」と思い出深いエピソードを明かしてくれた。

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獅子見さんは、早紀が入所する施設にいるトモエを演じたが、施設の先生役を演じた女優で2019年に逝去した火田詮子さんとの共演を述懐。「火田さんは名古屋の小劇場界のレジェンドといえる素晴らしい女優さんで、私は30年前くらい前に初めてご一緒させていただいて、そのオーラと存在感に圧倒され、ずっと憧れ、目標にしてきた女優さんです。今回、ご一緒させていただいて、詮子さんが登場するだけで空気が変わって、ひと言セリフをしゃべるだけで火田詮子色に染まるというのを体験させていただいて、本当に幸せな映画でした」としみじみと語った。

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遠野さんは、石川さんに手を引かれて登壇。「私は15歳から30年間、摂食障害と戦っています」と明かし「摂食障害の現実を当事者やご家族にもっともっと知っていただきたいです。だからこういう映画を制作していただいて本当にありがとうございます」と当事者の立場から感謝を口にする。

そもそも、摂食障害とはどういう病気なのか? 遠野さんは「まずダイエットと大きな違いがあって、ダイエットは自分の意思でできるもので、摂食障害はいつの間にか沼にハマっているもので、一度ハマったら抜け出せないです。私も治療を受けて、まだ苦しんでいます。もしかしたら、私は最期の時を迎えるまで摂食障害かもしれません。同じ摂食障害の方は、世界中にいるけど『恥ずかしい』とか『甘えだ』とか『ぜいたく病だ』と言われて、家族の理解も少なくて、みなさん名乗り出ることできないんです」と摂食障害の患者が抱える苦しい現実について語る。そして「私は死ぬまで戦いたいし、そういう姿を見ていただきたいし、そのために『渇愛』のような映画が世界中に広まってほしいです。若い子に特に見ていただきたいです。痩せていることが美しさではないし、私たちは美しくなりたくて摂食障害になっているわけではないんです。どうにもならないんです。誤ったダイエットで摂食障害の罠にハマってしまう若い子をひとりでも減らしていきたいと思うので、本当に大事な作品になっていると思います」と涙ながらに訴える。

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大島さんも「私自身も若い頃にモデルをやっていて、食べて、吐いて…という経験があるので、そういう方たちが周りも含めて、理解できるように、この映画がきっかけになってくれたら嬉しいです」と言葉に力を込める。

遠野さんは本作を最初に鑑賞した時「お芝居が素晴らしく、監督のお力もあって、(摂食障害を)客観的に見ることができて『こんな苦しいんだ』『こんなに怖い病気なんだ』と途中で苦しくなって見られなくなりました」と明かし「こういう作品ってないんですよ。みんな、見て見ぬふりをするんです。それで、勝手に若いアイドルに『痩せろ』とか言うんです。私も10代の頃は 体重を事務所に報告しなきゃいけなかったりして…人生を狂わせますよ。だからこの映画の意味って本当に大きいんです」と力強く訴える。

石川さんは、遠野さんの言葉に深くうなずき、映画の撮影後に遠野さんの著書を読んだことを明かし「最初のほうのシーンで『痩せてていいよね』というセリフがあるんですけど、短い1フレーズですが、みなさん、観終わったら、この言葉が180度変わる映画になっていると思います」と語る。

そんな石川さんの演技を遠野さんは絶賛!「本当に素晴らしいお芝居で、びっくりしました。そんなにお芝居の経験ないと聞いて、とてもそう思えないくらいで、今日も控室でお会いしても(石川さんだと)気づかなかったくらい、(劇中の早紀と)ぜんぜん違う! よくできるね、あんな芝居!」と手放しで称賛する。

さらに、遠野さんが石川さんに「演じていて、(役に)引っ張られたりしなかった?」と尋ねると、石川さんは「たくさんしました。順撮りだったので、作品に沿うように、監督には言わず自分の意思で身体づくりをしていましたし、思い返すと、身体が細くなっていくとともに、心も細くなっていく感覚で、早紀ちゃんと同じ気持ちで誰にも『助けて!』と言えなくて、真面目で『正しく生きなきゃ』という気持ちでした」と述懐。

遠野さんはその言葉に「『いい子じゃなきゃいけない』という子が摂食障害になりやすいと思います」とうなずき、改めて「強いよ、あなたは!」と石川さんを称えた。

岩松監督も、遠野さんの存在に影響された部分が強くあったようで「24年間教員をやって、やめて14年をかけてこの映画つくったんですが、遠野さんの本を読んで、(摂食障害に)親御さんのDVがきっかけでなったとか、あまりにリンクしていました」と明かす。さらに『渇愛』というタイトルについても「(遠野さんの)本を読んで思いつきました。『ダイエットは目標を持ってやるものだけど、摂食障害は愛情を求めて、認められたい思いからやってしまう――つまり愛を求める欲望なんだ』という文章があって、これは“渇愛”だと思いました」と告白する。

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そして遠野さんは、自身の経験を踏まえて、これから映画を観る観客に向けて「芸能界、女優、モデル、タレントに憧れないでくださいと伝えたいです。あれはリアルな世界じゃないです。いっぱい食べても痩せる方もいらっしゃるけど、無理されている方もたくさんいて、私も含めて(これまで会ってきた業界の人間の)どれだけの若い子たちにリストカットの痕(あと)があったか…。そんな人たちに絶対憧れないでほしいと若い子に伝えたいです」と呼びかける。

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石川さんも「遠野さんの言葉にありましたとおり、私も芸能人に憧れて、女優に憧れて、アイドルに憧れて、この世界を歩んできましたが、この作品の中には性的描写も出てきます。それがどんな意味なのか? 現役アイドルでステージに立ちながら、この作品を撮らせていただきました。それは『元にあるものは比べるものじゃないんだよ』、『自分自身が自分を理解することなんだよ』、『価値は周りに与えられるものじゃないんだよ』、『自分自身が自分に希望を与えていくんだよ』という思いを込めて、誠心誠意、魂を込めて早紀として存在させていただきました。みなさんに届くことを願っております!」と語り、会場は温かい拍手に包まれた。

『渇愛』は5月16日(金)より、池袋シネマ・ロサ、第七藝術劇場、シネマスコーレ、刈谷日劇ほか全国順次公開。

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