劇作家、映画監督、作詞家、詩人など様々な肩書きを持ち、幻想と現実の境界を曖昧にする演出と舞台美術、そして社会や人間心理の鋭い洞察と実験的表現で高く評価され、1967年に劇団「演劇実験室◎天井棧敷」を旗揚げした日本演劇界の巨匠・寺山修司。その寺山が、1965年にたった1回の公演のために書き下ろした幻の戯曲であるミュージカル『獅子』を61年の時を経て上演。

演出を務めるのは、これからの演劇界を牽引する存在として最注目の杉原邦生。歌舞伎、翻訳劇、古典、アングラ、オペラとあらゆるジャンルに挑みながらその発想力と卓越したセンスで個性を発揮する杉原が、初めて寺山作品に挑戦する。
物語は、ごく普通の青年が、謎の男との契約でことばを失う代わりに、憧れていたボクサーとしての能力を手に入れ、名声を得る一方で、失うものも増えていき……。ことばを失った青年がボクシングや新たに出会う人々を通して自らの道を模索し、栄光と葛藤の中で何を選び取るのかが描かれる。
寺山修司生誕90周年という記念すべき2026年に、1960年代の猥雑な香りを放つミュージカルであり祝祭劇である本作が、令和の新宿・歌舞伎町で新たな舞台作品として誕生する。

主演を務めるのは第32回読売演劇大賞で新人賞にあたる杉村春子賞を受賞し、今、最も注目を集める若手俳優の新原泰佑。ヒロインには俳優デビュー作『赤毛のアン』以来16年ぶりのミュージカルに挑む北香那。さらに田中俊介、勝矢、さとうこうじ、岡田義徳、田口トモロヲ、橋本さとしと寺山修司の幻の戯曲を蘇らせるにあたりこの上ない顔ぶれが集結した。

そしてこの度、現代的でポップながらアングラ演劇、歌舞伎町といった昭和的な匂いとクールさを感じさせる公演ビジュアルが完成。本作のテーマでもあり、誰もが持つ〈違う自分への変身願望〉を鮮やかに表現している。
ことばを失った主人公が語りかける手話のリリシズムと、ボクシングの動作の持つダイナミックな肉感を兼ね備えたムーブメント、そして十数曲に及ぶミュージカルナンバーが溢れる本作。彗星のごとく現れた沈黙のボクサーが、栄光を得てなお求めたものとは……。寺山版「ファウスト」ともいえる本作に、期待が高まる。

【あらすじ】
米沢貞夫(新原泰佑)は、印鑑屋で働くごく普通の青年。趣味はテレビのボクシング観戦で、ボクシング選手になることを夢見ていたこともあった。テレビに熱中するあまり恋人の中町弓子(北香那)の存在を忘れてしまうことさえあり、弓子はボクシングを嫌っている。
ある日、不思議な力を持つ中年男・帽子の雨(橋本さとし)が貞夫のもとを訪れ、ある取引を提案する。貞夫の“ことば”と引き換えに特別な能力を与え、ボクシングチャンピオンに生まれ変わらせよう、と。貞夫は動揺しながらも、ボクシングチャンピオンになれるのなら、と契約は成立し、物言えぬボクサー嵐猛夫が誕生する。
木頃(田口トモロヲ)が経営するジムに所属した嵐猛夫は試合の度にKO勝ちを続けるヒーローとなり、環境が一変する。
そこでは強烈なKOパンチの犠牲になるボクサー、そのパンチに魅せられた者たちが集まってくるが“ことば”を失った猛夫は自分の心を手話でしか表すことができない。下町のキャバレーのダンサー鷹あけみが猛夫の前に現れ誘惑するが、会うことができなくなった恋人・弓子への思いはより募っていく。
そしてついにヒーロー・猛夫のタイトルマッチがやってくる。魔力でチャンピオンを仕立て上げようと機を伺う帽子の雨と観客たちの歓声の中、あけみが、ある告白をする。リングに立った猛夫は……。