「奏劇」は、数々の映画音楽を手がけてきた岩代太郎が、これまでの活動と一線を画し、音楽家として演劇と向き合い、 オペラではなくあえて自ら新しいジャンルとして発案したプロジェクト。
BGMとしてではなく、俳優陣と共に音楽も劇中の物語を奏でるリーディングドラマとなっている、この「奏劇」の第三章となる本作は、ミステリータッチの新作。
音楽が人の心を動かせるということを知り尽くしている音楽大学の教授が、あるものを手にしたことで、踏み込んではいけない領域に踏み込んでしまうことで、自らがその餌食となってしまうという物語。

キャストには、昨年初の主演映画も公開されたベテラン俳優の高橋克実、テレビドラマや舞台、ミュージカルでも活躍する浜中文一、浜中と同じ事務所の後輩で、浜中とは3年ぶりの舞台共演となる寺西拓人、近年はこまつ座での出演以外は映像中心で活動してきた富田靖子、女優として映画、ドラマ、舞台の話題作に次々出演するほか、歌手としても精力的に活動を続ける斉藤由貴と、超豪華な出演者たちが集結した。
そして今回の「奏劇」に欠くことのできない演奏の編成は、チェロ、アコーディオン、そしてピアノ。
第19回(2020年度)齋藤秀雄メモリアル基金賞チェロ部門受賞をはじめとした輝かしい実績を残し、演奏家のためのドレス《M Maglie le cassetto》のプロデュース等、多岐にわたる活動が注目されるチェリストの新倉瞳。日本で唯一のボタン鍵盤式クロマチックアコーディオンベルギー式配列奏者の桑山哲也、そして本作の原案と作曲を手掛ける岩代太郎がピアノで出演する。

初日に先駆け、公開ゲネプロ及び取材会が行われた。取材会には、高橋克実、浜中文一、寺西拓人、富田靖子、斉藤由貴、脚本・演出の山田能龍、原案・作曲の岩代太郎が参加。

公演初日を前に、「奏劇」プロジェクト発案者である岩代は「早くも3回目にして感慨深いです」と語り、「本当に道なき道をキャスト・スタッフと共に歩みながら試行錯誤を繰り返しつつ必死になって日々頑張っている。(過去2作品とは)全くストーリーや世界観は違いますけど、私たちが志している奏劇の片鱗が見え始めたかなと喜びを噛み締めております」と力強くコメント。

ゲネプロを観た感想について山田は、「普通のストレートプレイとは違って音楽の生演奏と皆さんのリーディングが一体となるという、言うは易しなんですけど、稽古場からタイトな中でやってきて、実際に作曲をされて、芝居を合わせる時間ってすごく短かったんですよね。本当に小さい奇跡を毎日繰り返してようやくゲネプロでこの形を観れたので僕自身もすごい手応えを感じています」と笑顔を見せる。「ミュージシャン全員と皆さんのお芝居を合わせたのは昨日が初めてです」と明かし、「だから尺が合ってきたり、曲の構成のこの部分にお芝居のこの盛り上がりが重なるみたいなことは、その場その場の感性と微調整で行われているので、すごいなと思ってゲネプロを観てました」と称賛。

今作で主演を務める高橋は、「奏劇っていうもの自体をずっと”かなげき”と読んでいて分かってなかった部分もありました」と苦笑いしながら、「朗読劇のつもりで稽古に臨んだんですけど、ちょっと違う世界で。本は持っているんですけど(ゲネプロで)私も何回もありましたが、持ってるのに間違えちゃうっていうそういう罠みたいなものが奏劇にはあります。だからまだ模索中と言っていいかと……」とまだ掴み切れていない様子。「でも生で近くで(楽器の)音が鳴るというのは、僕たちが出なくても成立してんじゃないかと思うくらい、舞台袖で観てて『この上に出ていくんだな』ってすごい緊張感がありました」と話した。

若いながら多くの舞台経験を積んでいる浜中も、「奏劇」のような芝居をするのは初めてだと話し、「めちゃめちゃ難しいと思いながらやってます。音が入ってから、太郎さんの良いアクセントの音が入る時に喋りそうになるんですけど、それをなんとか避けながらやっていかないとなって。でも太郎さんが面白い方なので良かったなと思います」と今作ならではの難しさがあったとのこと。

寺西も「朗読劇というものもやったことがなかったので、本を持って舞台に立つっていうこと自体初めてで。稽古中も課題にはなったんですけど、立ち稽古を本を持ってやってるのと何が違うんだろうみたいな、その線引きとか違いがすごく新鮮で、素敵なプロジェクトに参加させていただいているなと日々実感しております」と充実している様子が伺える。自分のセリフや動きと音楽とのタイミングへの戸惑いについては「僕はそんなこと全く…僕は全てお助けいただいているなって気持ちでしかないですね!僕は」と返し、そんな寺西に岩代が無言で握手する場面が。その後、岩代は浜中ともがっちり握手を交わしていた。

富田は、「最初に朗読劇の決まり事を皆で決めていく作業が一番時間がかかって、どこまで覚えるのか、どこまで朗読なのかっていうその線引きを皆で本音で話し合ったところからこの作品が深みを増したような気がします」と話し、「あとは兄さん姉さん方にひたすらついていく感じです。近くで楽器の音を聞いてお芝居できるのは本当に幸せだなと思います。この幸せをぜひ来ていただける方にも感じていただけたらと思います」とコメント。

作品の印象について斉藤は「私がイメージしたリーディングは、基本的には役者は動かず声だけで表現して、想起される色んなものをお客様に伝えることが一番重要だと思ってたんですけども、今回はリーディングであると同時に芝居があったり、これだけのセットや音楽があって、色んな要素があってものすごく贅沢が故に、リーディングのストイックな何もしないで届けるところを打ち消しあっちゃうんじゃないかっていう杞憂感がありました」と告白。「前回は2時間くらいあったみたいですけど、今回はすごく短くなって、その分、作品の世界が濃密になって集約された中で、メッセージ性が強いものをお届けする表現するっていうことがどんなことなんだろうっていうそこら辺はすごく迷ったし考えたし、そこらへんの答えっていうのがきっと見る人が感じるものなのでなんとも言えないんですけれど、色んな意味で新しいチャレンジだなと思いました」と語り「リーディングの良さというものを演技する上での一番軸に置いて、本が手元にあるって俳優にとっては甘えてしまう部分があるので、余計なことをしないようにと中途半端に終わらないように気をつけたいなと思ってやっています」と作品へ臨む心境を明かした。

ゲネプロの終盤、斉藤が顔を上げて高橋の目を見てセリフを言った時に少し間があったが、という記者の声に「あの距離で由貴ちゃんに見つめられて、多分飛んじゃったんでしょうね。久しくあの距離で女性を見ませんからびっくりしました」と焦りを見せ、「一応稽古をしていく間にここは立ちましょう、ここは寄っていきましょうっていうのはあるんです。最初の稽古の時に由貴ちゃんが言ってたんですけど『あまりに近づいて台本を持って喋ってると、ただの立ち稽古じゃない』って。立ち稽古をお客さんに有料で見せるっていうのもそれも新しい奏劇のチャレンジだなと思うんですけど、そこを我々は、距離感と間を非常に気を遣ってやっています」と語った。

錚々たる共演者から学んだものや吸収したものについての質問に、寺西は「お芝居の面では全て勉強なんですけど、ちょっと皆さんが会話をしている時に僕と文一くんは離れて眺めてることが多かったんですけど、太郎さんがやってきて『参加しないと。バラエティの勉強だよ』って、そういうところも勉強なんだなと意識して話を聞いたりしていました」と岩代の言葉を振り返る。

浜中も「面白いんですけど、奏劇でバラエティ学ばなアカンのかなって。真顔で言うてきはるからどっちなんやろな?と思って、真剣に言ってるのかボケなのか分からんなっていうのが奏劇です」と続けるも、周りから「違う」とツッコミが入り、「違うみたいです」と即座に訂正する一幕が。

そんな二人の若手にどんな想いで言葉を送ったのかという問いかけに岩代は「バスター・キートンという全然表情を何一つ変えずに動きで笑いを取っていく喜劇王が僕は好きで、日頃から真顔で笑いを取りに行きたいんです。その僕のノリをこのお二人はご存じないから笑って良いのかいけないのか戸惑ったまま固まるんです。でももう免疫出来てきたでしょ?どう?」と笑いかけた。
さらに「ちょっと補足してもいいですか」と前置きがあり、「「奏劇」をスタートした時に必ずしも朗読劇にこだわるつもりでスタートしたプロジェクトではないんですけど、今の段階で試行錯誤しながら皆さんにお話ししてたのは、例えば音楽チームは楽譜を見ながら演奏しますよね。指揮者も曲を覚えているけど指揮を振る時に目の前にスコアを置いてより細かい表現を演奏者たちに伝えようとしていて、皆さんが持たれている脚本もある意味スコアと思ってほしいなと。僕はピアノを弾いている時に譜面じゃなくて皆さんの脚本を見ながら弾いている時が結構あるんですね。大体の曲は頭に入れながら、他の演奏者とポイントを合わせつつ役者さんのセリフを追いながら合間を見て演奏していくっていう。そういう意味で私たちが脚本を見ながら演奏しているかのように、極端なことを言えば音楽の譜面を見ているかのようにして、という丁々発止をやりたいという思いもあって、今のところは脚本を見ながらスキンシップを図っているつもりです。音楽でいうアンサンブルを役者さんと音楽家がアンサンブルを奏ようとしているのが、おそらく奏劇の目指している一つだと思います」と「奏劇」ならではのスタイルについての想いを述べた。

さらに、「新しいカテゴライズを目指している時に答えがないところに皆で歩き始めるのは不安ですよね。その不安を払拭するという意味で、作品の内容は微妙な世界観だけど、できる限り稽古場は少しでも明るく、志を共にしているんだという雰囲気を出したかったので、僕が心がけたのは毎日とにかくケータリングを充実させる。ありとあらゆるものを差し入れて、皆がお腹いっぱいで稽古場を後にできるように、もう一つはちょこちょことツッコミを入れながら時には私自身がボケて皆さんのスマイルを生み出せるよう稽古場で心がけました」と稽古場でのエピソードが。

そんなケータリングの話に頷くキャストの中、ひと際大きく頷いていた富田は「由貴さんと岩代さんのケータリングはすごかったです。初日がお寿司が出てきて、かつみさんからもパンをいただいて、由貴さんと岩代さんからもパンをいただいて、最終日には由貴さんからアイスクリームの差し入れがあって、すごい幸せでした」と熱く語る。
岩代は「特に今回はスタッフも若い方が多いんですね。ことさらに量を多めに用意していたのは、やっぱり若いスタッフはキャストの方々が取らないと取りづらいんですよね。キャストの方々が取らなくても遠慮なく取れるようにっていう意味で山積みにしておかないと皆が遠慮するもんですから、ちょっと自分でも買いすぎかなと思う量を置くようにしていました」と話した。

最後にキャストを代表して高橋はこの作品についての意気込みを語り、「ライブですね。演劇単体で言ってもライブだし、演奏するっていうのもライブなんですけど、それが両方同時に進行していくっていうなかなか見たことのない、オーケストラがいるミュージカルと全く質の違うものを太郎さんは目指してやっているので、その新しい感覚のライブをぜひ見ていただきたいと思います。あとは一応朗読劇とは言っていますけど、2度と同じことのないステージになると思います。ぜひその辺を見ていただければと思います」とコメント。

そして岩代は、「人間は自分らしく生きていくために様々な価値観を持っている方々がいて、そういった多様性を担保するためには民主主義がきちんと機能しなければいけない。それがこの舞台の主題です。その民主主義や多様性を邪魔するものの一つとして”同調”という同じ方向を歩かなければいけないんだという価値観は非常に危ないものだと思っている。音楽は同じようにアンサンブルで歩んでいるんですけど、僕たちが求めているのは”同調”ではなく”共鳴”なんです。そういう意味ではこの部隊にとって様々な多様性のある世界を実現するためにも立場の違うものが協調し合うということが私たちにとってとても大切なんだということをこの舞台で訴えたいと思っています。演劇や音楽に興味のない方々、今この時代を生きる方々、全ての方々におそらく心に響くものをこのステージでお伝えできると思いますので、ぜひご覧いただきたいと思います」と呼びかけ、取材会を締めくくった。

奏劇 vol.3『メトロノーム・デュエット』は、2023年7月26日(水)から8月2日(水)まで、東京・よみうり大手町ホールにて上演される。

<ストーリー>
国立音楽大学の教授である山脇(高橋克実)は、たった一人で学生のメンタルケアを担当している真中(富田靖子)のサポート役として、学生の相談を聞いている。今、悩みを聞いてもらっているのは学生の林(浜中文一)だ。彼の前には黒いメトロノームが置かれ、山脇の方には白いメトロノームが置いてある。メトロノームは古く、動いてさえいないが、曰くあり気な雰囲気を醸し出していた。
林は山脇に相談事をしながら眠ってしまったらしく、ふと目覚めた。礼を言って教授の部屋を出た林だが、自分が何の話を山脇にしていたのかを具体的に覚えていなかった。
別の日、チューバ奏者を目指す陽気な学生の望月(寺西拓人)にメトロノームについて聞かれた山脇は、このメトロノームの歴史を語って聞かせる。そして確信を持ってあることを望月にすると、何を言っても望月はゲラゲラと笑い、それを見た山脇は満足そうにほくそ笑んでいる。
山脇には今でも思いを寄せている初恋の相手、村田美穂(斉藤由貴)に数十年ぶりに手紙を書いていた。その村田から返信があったのだが……。