
本作は、太宰治が昭和16年(1941年)に若干32歳にして初めて書き下ろした長編小説で、あのシェイクスピアの四大悲劇の一つに数えられる『ハムレット』を、設定は同じながらも太宰治のレンズを通すことで、ハムレットや彼を取り巻く人物たちが拗らせる悩みや関係性が非常に身近に感じられる、日本人の感覚のままで共感できるように語り直された怪作。
この怪作を、2月に第30回読売演劇大賞の最優秀演出家賞を受賞したばかりの五戸真理枝が戯曲化し、演出を手がける。
登場するのは、『ハムレット』と同じ役名ながらも一味違う、悩める人物ばかり。
本作のハムレット役には、近年『ジャック・ザ・リッパー』『マチルダ』などのミュージカルから、『SLAPSTICKS』『血の婚礼』などのストレ
ートプレイ、さらには映画やドラマへと活躍の場を次々広げている木村達成。
ハムレットを慕うオフヰリヤ役には、AKB48在籍中から“ぱるる”の愛称で親しまれ、卒業後は数々のドラマや映画で俳優としての輝きを増し続ける島崎遥香。ハムレットの学友ホレーショー役には、確かな演技力と個性的すぎる存在感を併せ持つ加藤諒。
侍従長ポローニヤスの息子レヤチーズ役には文学座の実力者、駒井健介。そして侍従長ポローニヤス役には、縦横無尽に活躍する演劇界が誇る怪優、池田成志。ハムレットの母でデンマーク王妃ガーツルード役 には幅広い役柄でお茶の間から親しまれ続ける松下由樹。現王にしてハムレットの叔父にあたるクローヂヤス役に、さらに円熟味を増した芝居で魅せる平田満、と『ハムレット』のイメージに収まらない一癖も二癖もある個性あふれる俳優陣が“新しい”『ハムレット』を立ち上げる。
本公演初日に先駆け、初日前会見及び公開ゲネプロを開催。会見には、木村達成、島崎遥香、加藤諒、駒井健介、池田成志、松下由樹、平田満、演出の五戸真理枝が出席した。
初日を翌日に控え、意気込みを聞かれた木村は「太宰治の気持ちをどこまでハムレットという役を通してお届けできるかということもそうなんですけど、台本を読んで、すごく色んなことを考えながら毎日稽古して、愛を言葉で表現せず陰で支える愛情みたいなものがすごく日本人ぽいなと思ってたんですけど、太宰はそれが少し違うなと感じたからこそ、言葉で伝える愛情の方に寄り添いながら、シェイクスピアのハムレットという作品にすごく太宰治自身が素晴らしい作品だなという気持ちを持ったんだなとか」と稽古中の試行錯誤を明かし、「できるだけたくさんの人に楽しんでもらえるように、そんなことも頭に入れながら頑張ってやっていきたいと思います」と語った。
島崎は「今日まで先輩方にはたくさんアドバイスをいただいて、特に松下さんはお時間を割いて稽古を付き合っていただいたので、皆さんの力を無駄にしないように精一杯千穐楽まで突っ走っていきたいと思います」と力強くコメント。
声が枯れ気味だった加藤は「もう本当に僕不安で声が……でも僕は成志さんにいっぱいアドバイスをいただいたりして、今回で成志さんが大好きすぎちゃって。成志さんのことを思い出しただけで涙が出てくる……もう泣きそう!」と池田への想いを語りながら、不安からか涙ぐむ一幕が。
それに対して「私だって成志さん好きだし!」と張り合う島崎と、「皆好きだよ成志さんのことは!」と仲裁に入る木村の姿がありながら、加藤は「すごい不安で押しつぶされそうなところを成志さんに救っていただいたので、この作品を最後まで完走できる様に皆で積み上げてきたものを…ちゃんと…」と感極まり言葉に詰まってしまう。
木村に「そんなに辛かったですか?」と聞かれると「辛かったです~~~」と素直に答える加藤。
「もう千秋楽みたいな。明日だから本番は!」と木村から鼓舞されると「頑張ります!」と返した。
続く駒井は「この後に喋んなきゃいけないっていう緊張感があるんですけど……」と苦笑いしながら、「周りくどいセリフがいっぱいあって、僕自身もそうですけど皆さん本当に苦労して、どうにかこうにか形になっていけたらなと今でも思ってるんですけど、とりあえず僕の目標としては気張らずに固くなりすぎずに頑張れたらと思っております」と語る。
池田は「一言で言うと、とても問題作だと思います」ときっぱり。「不条理的な大人しい芝居かと思いきやぶっ飛んでいるようですし、また急に大人しくなったりとか、あとは詩劇みたいに朗々と言葉が羅列されていくんですけども、人情劇のようであったり、見てる方があまりにも人間ってこんな喋るんだ、みたいな。呆れながら眠ってしまわないように我々頑張っていきたいと思っています。もし見たら『表情に問題作だったんで』って感じで言っていただけると宣伝になると思います。よろしくお願いします」と呼びかける。
松下は「シェイクスピアのハムレットを太宰治が書いたものですので、私自身も同じように感じましたが、今まで感じたことのないハムレットの作品になっていると思います。ですので、ちょっと遠くに感じるシェイクスピアの作品って思われてる方がいらっしゃったら、今回の作品はぐっと身近に感じながら、そして見たこともないようなことも感じ、そして心にも届くような作品になっていると思いますので、丁寧に演じて明日から初日迎えて、最後まで走り抜けたいと思います」と気合を見せる。
平田は「この衣装をご覧の通り、童話のような昔話のような仕立てもありつつ、非常に現代的なやりとりがあったりして、どこがどういう風にあのお客様に伝わるかってあんまり分かってないんですけれども、何か一つでも思い当たるところっていうのが、あの伝わればいいなと。そういうところを見つけてくださるような芝居になればいいなと思っています。これからお客さんが入って完成するものですので、そういう意味では不安と共に楽しみでもあります」と期待を寄せた。
上演台本・演出を務める五戸は「今回の台本は137ページ中133ページはすべて太宰の言葉で構成してありまして、俳優の喋りづらさとかは考慮せずに作ってしまいましたので、皆さんには大変なご苦労をおかけしているんですけれども、太宰治という作家がその一文一文に込めた読者を楽しませたいというその精神がとても強く感じられるなと思っています」と語る。「すべてのセリフに愛があるみたいな感じが読み合わせの段階から感じていたんですけれども、それをいかに舞台上で立体化するかみたいなことを稽古期間通して皆さんと試行錯誤をしてきました」と稽古期間を振り返り、「私の知人の言葉で、『真剣に愛された記憶が一度でもあれば、そのあと生きていける』とあるんですが、このお芝居もすごくその愛情深さという意味ではとても真剣だと思うんですね。この2時間50分ちょっとの時間、お客さんを真剣に愛するような作品だなと私自身は思ってるんですけど、変なところもたくさんあると思うんですけど、歪な愛を受け取っていただけたらなと思っております」 と想いを語った。
太宰治の言葉で構成されているということで、お気に入りのセリフについて質問が。
木村が挙げたのは、「『言葉が無くなりゃ同時にこの世の中に愛情もなくなるんだ』という言葉が自分の中にはすごく刺さりましたね。『人間は言葉の動物』っていう話もクローヂヤスがするんですけど、まさにそれだなと僕は思います。伝わらない愛なんてなかなか受け取れないし、存在するのかどうかも分からない。出来るだけ伝えてほしいなっていうのは今の木村達成であり、演じているハムレットの気持ちです」と熱い想いが。
島崎は「自分のセリフではないんですけれど、原作を読んだ時から、父・ポローニヤスの心得がすごく好きで、そんな父の娘役はすごく嬉しいなと思ったのと、あとは諒くん(ホレーショー)の『そんなにまともに敬愛されると、取り柄のない僕みたいな子どもでもしっかりやろうと思うようになります』が、お母さん像が見えて、それがすごく良いなって思います」と明かした。
加藤は「本当に個人的な欲みたいなものが入っちゃってるんですけど、ハムレットが『あ~ホレーショーに会いたい』っていうセリフがあるんですけど、その時いつも僕は舞台袖でギュンってなってます」と興奮気味に語ると、「言いづらくなるんだけど!」と木村からツッコミが。
駒井は「色々あるんですけど、僕はやっぱり『愛は言葉だ』っていうセリフがなんだかんだ一番好きだなって思います」と話し、「いちいち回りくどく言うのは結局愛があるからみたいな。あれも言っておかなきゃ、これも言っておかなきゃ、ハンカチ持った?ティッシュ持った?みたいなことがどんどん繋がっていっているような作品という気がしているので、ポローニヤスはああしろこうしろってすごい量を言うんですけど、それを愛だなって思うのか、その愛はめんどくさいなって思うのか、『お父さんもうわかったよ』って感じもありつつ、でも愛されてるんだなって実感を持ってやれたらなと思います」と続けた。
池田は自身の役のセリフである「苦しさって言葉は無しにしましょう」だと話す。「本当に稽古期間も今も含めて苦しいので、きっと本番が始まったらもっと苦しくなるので、ただ苦しいって言葉は言っちゃいけないんだなって肝に銘じて」と誓う。
松下は「『あなたもハムレットそっくりね』っていうセリフがよく出てくるんです。拗ねたり泣いたり怒ったり、ああ言えばこう言ったり、そしてちょっと気取った言い方をしたり、そこで『あなたもハムレットそっくりね』『似ていますね』っていうセリフが出てきて、今までもハムレット像やシェイクスピアとまるで違うイメージで、復讐劇の作品ではないっていうことがよく表してるセリフだなと思って、何かあった時は『あなたもハムレットそっくりね』って普段からも言いたくなるようなそんなセリフなので好きです」と笑顔を見せる。
平田は「今、言っちゃっていいのか分かりませんが……」と前置きし、「『強くなれ、クローヂヤス』っていうのが私のテーマです。クローヂヤスはとても小心者で、小さい人間なので、これを私の銘にしています」と話す。
続く五戸も「私もかなりなネタバレですけど」としながら「一番最後のハムレットの『僕の疑惑は、僕が死ぬまで持ち続ける』。この戯曲を上演することが決まってから、この一言で幕切れるのかって難問とずっと戦ったような思い出なんですけれども、木村さんともどう言うかって相談して相当試行錯誤しましたし。スタッフの皆さんにも布切れで何を見せるかっていうのを何度も何度もやり直して今の表現に辿り着いているんですけど、かっこよく幕切れできたらいいなと祈るような気持ちです」と演出面での苦労を明かした。
五戸は2014年にリーディング形式での『新ハムレット』を演出していたが、その当時から演劇として上演する構想を考えていたのかという質問には「最初はリーディングという形式にあえてこだわるというか、絶対に台本を離さないやり方で上演したのが2014年だったんですけども、それをやってみると言葉の外にある人物の感情の流れがとても激しいことに気づいて、これは台本を離すとどうなるんだろうって、リーディングで上演したことがきっかけで強い興味を持ちました」と語った。
自身が演じた役と似ている部分について、加藤は「結構噂話とかそういうものが好きだったりとかして、友だちに伝達することも多いんです。その中でちょっと拗れちゃったりした経験とかがすごくあったりしたので、そう言ったところはコレイショーとちょっと似てる部分でもあるのかなって思いますね。ネットニュースも大好きです(笑)」と話し、島崎も「『思ったことを何でもポンポン言おうと思うの』っていうセリフがあって、私は言おうと思わなくてもポンポン言っちゃうタイプなので、そこが似てるなって思います」と重なる部分があるとのこと。
木村は「車の中とかでたまにセリフ練習とかボソボソ呟いている時に、よくマネージャーから『何?』って言われるんですよ。それは多分木村達成がいつもぼやいていることと同じだからなのかなと思って。だから舞台上で自分がセリフを発している時も、今はハムレットなのか、それとも木村達成なのか、それとも太宰治なのかっていうのが自分でも訳が分からなくなってしまうことがあるし、その苦しみに耐えている様とかっていうのがかなり今の木村達成に似ている……」と分析するも、島崎から「それだったらちょっと嫌な男だね?」と手厳しい指摘が。
島崎の言葉に「嫌な男なんですよ僕は!」と苦笑いしながら、「かなり似てるので、世間からこういう見られ方してるんだなって気づいた瞬間でもあるし、それに気づいた今、自分が恥ずかしいです」と気まずそうにしていた。
そして今作の見どころの一つと言えるのが木村による「ハムレットRap」。ラップについて木村は「普段ミュージカルに出る時は自分の歌を録音したりとかするんですけど、今回は全くしてないのでどう聞こえているのか分からないんですけど、すごく早口で喋るようなラップではあるので全くブレスする瞬間が無くて苦しいです。言い終わった後はハァハァしてます」と苦労している様子。「ただ、ラップっていう表現でハムレットの脳内の言葉たちがバーって出てくるのはすごく面白い表現だと思いましたし、はたまたそれが突出して出る形ではない、木村達成が演じるハムレットならやりかねないなって思われるような形で表現できたらいいなと思うので……どうですか?」と隣の松下に伺うと「かっこいいですよ!」との言葉が。
「かっこいい、いただきました!」と嬉しそうな木村だった。
さらに、舞台のチラシに”華とクセを併せ持つ実力の俳優陣”と書かれていることから、木村と島崎から見てクセがすごいと感じる共演者は?という記者からの問いかけがあるも、「全員クセしかない……」と見渡す木村。「逆にこんなクセしかない人が集まるのかっていう」と言うと、島崎も「自分が凡人と思っちゃうぐらい、みんな変で面白いです」と共感。
「島崎さんが『思ったことをポンポン言っちゃう』っておっしゃっていたじゃないですか。それも普通に感じてしまうぐらい周りがクセ者だらけなので、多分僕が一番普通です」と話す木村だった。
会見の最後には、代表して木村からメッセージが。「明日から始まる『新ハムレット ~太宰治、シェイクスピアを乗っとる!?~』、ほぼ出てるので客観的にこの舞台がどう見えてるかってことはあまり感じられてはないんですけど、すごく色んなところに日本人の共感できるポイントであったり、それこそハムレットに共感できるポイントがたくさん詰まっていると思うし、あとこの舞台が何で成り立ってるのかと言ったら、”愛”とか”誰かを思いやる気持ち”とかで成り立っているような舞台ではあるなと思います。あとは原作である『新ハムレット』を読んだ方、それともシェイクスピアの『ハムレット』を読んだ方、どちらも読んだ方、違いもたくさんあったりそういうところも面白くなってると思います。もちろん長々といっぱいセリフを喋る部分もあるんですけれども、そこすらも魅力に感じてしまうような作品になっているのではないかと思うので、頑張ります」と会見を締めくくった。
PARCO劇場開場50周年記念シリーズ『新ハムレット~太宰治、シェイクスピアを乗っとる!?~』は、2023年6月6日(火)から6月25日(日)までPARCO劇場、その後福岡、大阪での地方公演も行われる。
さらに、玉川上水に身を投げた太宰治の遺体が発見された日であり、奇しくも太宰の誕生日にあたる6月19日(月)。
太宰を偲び、晩年の短編小説「桜桃」にちなんで「桜桃忌」と名付けられたこの日の公演終了後に、アフタートークショーの開催が決定した。
対象となるのは6月19日(月)14:00公演、木村達成と上演台本・演出の五戸真理枝が登壇となる。