■「豊臣兄弟!」で描かれる本能寺の変について
信澄(緒形敦)が本能寺の変に絡んでいるというのは、新鮮だと感じました。信長の弟・信勝(中沢元紀)という存在を起点に本能寺の変へとたどり着く展開は、さまざまな「兄弟」の関係を描き続けてきた「豊臣兄弟!」らしく、とても納得のいくものだったと思います。 明智光秀(要潤)が謀反を起こしたと知らされ、幻の光秀と顔を合わせる場面では、脚本にはなかった「お前じゃない」というセリフを言わせてもらいました。本作の信長は、もし討ちにきたのが光秀ではなく秀吉(池松壮亮)だったなら、むしろ喜んで死を受け入れたし、彼の中では、それが最も納得のいく人生の幕引きだったと思うんです。秀吉と兄弟になれていたら、自分の人生も違っていたんじゃないかと感じた瞬間もあったはず。それなのに、秀吉ではなく、あの気難しい光秀が来たことが、どうしても許せなかったですね(笑)。 そして信長が死を覚悟した瞬間、信勝の幻影が現れ、「我らの一生、ろくなものではござりませんでしたな」と語りかけてきました。このシーンは、「そうは思わない。俺には未来を託せる人間がいるから、もう何の迷いもなくここで死ねる」という思いで演じました。そうした心境にまで至れたことで、自分の中では最初から最後まで、一本筋の通った信長像を築くことができたと感じています。

■織田信長を演じきって
自分が思う信長は、「“織田信長”を演じ続けてきた人」です。織田家がどんどん大きくなっていく中で、「こうでなければいけない」という姿を自分の中で作り上げていったのではないかと。脚本でもそのように描かれていたので、自分の中で腑(ふ)に落ちた状態で演じられたことは、とても大きかったです。第27回まで演じてきた中で、「本当に(家臣たちは)織田信長を好きでいられるのか」と疑問に思う瞬間もありました。ただ、(仲野)太賀君と池松君は、間違いなく信長を愛しているという姿をずっと見せてくれていたので、「君たちがずっと僕のことを愛してくれるなら、自分も愛されているんだという気持ちでいよう」と思えました。彼ら二人に救われた部分は、とても大きかったです。

大河ドラマ第65作で描くのは、戦国時代のど真ん中。強い絆で天下統一という偉業を成し遂げた豊臣兄弟の奇跡、夢と希望の下剋上サクセスストーリー。仲野太賀演じる主人公は天下人の弟・豊臣秀長(とよとみ・ひでなが)。歴史にif(もしも)はないものの『秀長が長生きしていれば豊臣家の天下は安泰だった』とまでいわしめた天下一の補佐役・秀長の目線で戦国時代がダイナミックに描かれる。