
――作品の中で印象に残っている台詞はありますか?
- いっぱい好きな台詞があるんですけど……「いい子がいい子じゃなくてもいいやって思える友達ができてほしい」というのはすごく印象的です。その台詞を言いながら、私にはそういう友だちが大人になってからできたので、すごく幸せな人生なんだと思います。
――台本を読んだ際、「お母さんへの感謝が止まらず、号泣してしまいました」というコメントがありましたが、どんな想いが込み上げてきたのでしょうか?
- 私は小学2年からこの世界に入ったんですけど、中学からお母さんと2人で東京に出てきていて、お父さんと弟は実家で、家族が離れた状態でしばらく過ごしていました。なので、私の一番近くにはお母さんがいる状態で大学生ぐらいまで過ごしていたので、良いことも悪いことも、お母さんとの思い出が一番多いんです。なので、映画の中でもそうですけど、自分の苦労を出さずに笑顔を向けてくれる姿や、あとは親だからこそ言えない葛藤とかが全部重なって、他人事とは思えないような気持ちで台本を読みましたし、お芝居をする時もそういう気持ちが溢れてきて、(大塚)寧々さんを本当のお母さんと思えるぐらいの現場の温度感でした。でも、照れくさいです。取材ではありがとうって思ってるって言えるんですけど、作品でお母さんについて考えることも初めてなので、映画を観てって恥ずかしくて言えないな……みたいな(笑)。主題歌もお母さんからもらった言葉を入れながら作詞をしたんですけど、お母さんについての曲を書いたよってまだ言ってないんです。(取材時は)どこでバレるんだろう(笑)
――曲のどの部分がお母さんからもらった言葉にあたりますか?
- 『ただいまって言える場所』という映画の主題歌なので、人によってはその場所がお母さんじゃなくてお父さんの人もいれば、恋人や友だちの可能性もあるし、虚像の人もいると思うんですけど、この映画の中ではえりこにとってお母さんがそうだったので、私もお母さんについて、お母さんの未来が明るくあれ、と思いながら書きました。基本的に、誰かが言ってくれた言葉みたいになっているところは、全部お母さんの言葉です。えりこがお母さんに言われる言葉と同じようなことが多かったので、そのまま書かせていただきました……恥ずかしい!(笑)
――主題歌を歌うと分かった時の心境はいかがでしたか?
- 映画の主題歌を、しかも自分で歌詞を書くというのはプレッシャーでした。元々、清塚信也さんには「お母さんについての歌を、いつか然るべき時が来たら書きたいです」というのはずっと伝えていて、今回、映画で書けることになったので、相方は清塚さんしかいないと思ってお願いしました。初めて0から1にするところから自分で歌詞を書いたので、思い出深い主題歌になりました。
――初めて作詞に挑戦してみて、いかがでしたか?
- ファンの人にも約束をしていましたし、自分の気持ちを出すことで、やっとアーティストとしての色が見えてくるかなと思っていたので、やれて良かったです。

――鈴木さんにとって、“ただいまって言える場所”に欠かせない条件はありますか?
- 温もりとか愛ですね。私は物理的なものより空気感が大事かなと思っていて、一人暮らしでそこに家族がいなくても、家族からもらった温かさを感じられるものです。私で言えば、私がいない間に母たちが家に来て、置き手紙をしてくれることが何回かあったんですけど、自分が行き詰っている時や辛い時とかに、電話で気づいてくれたお母さんが「頑張れ」って文字と家族の似顔絵だけ書いて、置いて帰ってくれた時とかも大号泣した記憶があって。そういうさりげない温かさに気づけるとか、お母さんの味や香り、懐かしさとか温かさとか愛を感じるのが、“ただいまって言える場所”なのかなと思います。
――本作を通してご覧になった方に届けたい想いはなんですか?
- タイトルにもなっている通り、“ただいまって言える場所”は、人によって違うと思います。誰に対しても帰る場所があると良いなと願って歌詞も書いたんですけど、この作品を見ることで、その帰る場所のことを思い出して、明日からの一歩がちょっとでも温かいものになると良いなと、そしてその自分が大事にする“ただいまって言える場所”にいる人に会いたいなと思ってもらえるような時間になると良いなと思います。

――BL漫画がえりこにとっての一つの支えとなる存在であるように、鈴木さんにとってそのような支えとなる存在はなんでしょうか?
- ファンの人の存在ですね。言葉にすると軽く聞こえちゃうかもしれないんですけど、私は自分のために頑張るのがあまり得意ではなく、誰かの笑顔や、誰かの力になれると思った時にすごく頑張れるので、応援してくれている方々が「愛理ちゃんが頑張ってくれたから、笑顔でいてくれてるから明日も頑張れる」と言ってくれる言葉とかを聞くと、頑張ろうって思えるので、それが原動力ですね。
――2025年はどんな1年になりましたか?
- 2025年は、1年間を通してお芝居をしている時間が私の中ではすごく長かったです。ミュージカルから始まり、ドラマもありましたし、この映画も撮って、ロンドンでもお芝居をして……お芝居の比重が大きい年は初めての経験でした。なので、事前にスケジュール感が分かっている1年だったんですよ。いつもは急に決まることが多かったんですけど、初めて去年の段階からスケジュールが最後まで分かっている感じだったので、自分的に先が見えすぎている生活がどうなるのかと思っていましたが、あっという間でした。
――2026年はどんな1年にしたいですか?
- 来年は32歳になり、大人になってくると自分が後悔しない人生を歩みたいという想いがすごく強くなってくるので、自分自身にスポットライトを当てられる時期に、自分でいっぱい当てていきたいなと思います。それこそ結婚や出産をするとなると、自分が一番ではなくなるじゃないですか。そういうキャリアが来る前に、自分がやれることをこれでもか!っていうぐらい、貪欲にやっていけたら良いなと思っています。

撮影:秋葉巧







