
1996年夏の熊本の海辺の町を舞台に、酒に溺れる父と暮らす10歳の少年・湊と、彼の唯一の心の拠り所である少女の神さま“べんちゃん”との時間を描いた本作。愛を求めるがゆえにすれ違い、憎しみに呑まれていく少年の“祈り”と“呪い”、その奥底で消え入りそうな心をそっと抱きしめる愛の物語。
本作の主人公となる10才の少年・湊の声をあのにオファーした理由について片野坂監督は「僕がアーティスト・あのさんのファン」と告白。仕事に向かう姿勢や作品作りへの真っすぐさに惹かれていたそうで「自身もものづくりの人間として参考にしていたような部分がたくさんあって本当にリスペクトしている」と強い敬意を口にした。
そんな思いを受けながら初めて少年役に挑戦したあの。オファーが届いた際には「すごく驚いた」といい、「少年って子供の男の子で自分は大人の女性ですから(笑)…本当のことですから(笑)」と笑いを交えながら「できるかなという不安はあった」と当時の心境を振り返る。続けて「可能性を少しでも感じてくれているんだなってところがすごく嬉しかった」とオファーの喜びを明かしつつ、脚本を読んだことで自身と湊を「何か重ねてくれたのかな」とも感じたそうで「すごくやる意味を感じたし、僕がやる意味をしっかり出していけるように努めたいなって覚悟をすごく決めて受けました」と力を込める。さらに脚本からも大きな衝撃を受けたというあのは「自分で湊のセリフを読む時も毎回泣いちゃうんですよ。涙が止まらなくて」と告白、「それぐらい痛くて目を閉じたくなるようなお話でもある」と率直な思いを口にした。

役作りについては「プロの方々とは天と地の差」と声優としての技術や知識に触れながらも「やるからには見る方々に湊の思いを届けたい」と考えたという。湊という少年がこれまでどのような10年間を送ってきたのかまで想像しながら役に向き合ったそうで、周囲の人物に対して湊がどのような感情を抱いているのかまで掘り下げ「こういう声を出すかなとかこの人がいる場面はこうかなとかを考えながらやりました」と人物の背景を意識して演じたことを明かした。
その演技を間近で見た片野坂監督は「演技ってよりは湊として生きてくれてたと思った」とアフレコを絶賛。「演技って言葉がしっくりこないぐらい湊を生きてくれた」とあのの表現力を高く評価した。
べんちゃん役の花澤もあのの芝居について「あのさんから声が出ているの本当に?って思うぐらい少年」と驚いたそう。孤独を抱える湊を表現することは「とても繊細なこと」としながら、あのがためらいなくどっぷり浸かり込むように演じていたと振り返り「すごく衝撃的っていうかかっこいい」と称賛した。
一方、あのは慣れない声優の現場で花澤が気さくに声をかけてくれたことに喜びを口にしながら「背中で全部見せてくれてた。めちゃくちゃかっこよかったです」と花澤へ尊敬の眼差しを向けていた。

イベントでは物語の鍵となる“願い”にちなみ、今1つだけ願いを叶えてもらえるなら何をお願いするか聞かれたあのは「僕から!?」と驚きつつ「退去届!」と即答し、「僕、家3つあって…退去ができないんですよ、苦手で」とまさかの悩みを告白。引っ越しの事情などで複数の家が残っているそうで「それが今もやもやしちゃってますね」と苦笑いすると、花澤から「私で良ければやりますよ」と声をかけられる一幕もあり会場は笑いに包まれた。
続くトークでは主人公・湊と同じ10歳の頃について聞かれたあの。「大人しかったです」と振り返り、かなり引っ込み思案だったそうで「人とほぼ喋れないけど楽しく生きてるみたいな感じ」と当時の性格を語る。さらに「鉄の棒にぶら下がってました(笑)」と独特な遊びを明かすとざわつく会場にすぐさま「鉄棒じゃない!」と訂正。縦と横に組まれた鉄製の遊具にぶら下がり続けていたそうで「我慢強さとか根性みたいなのはそこから来てます」と現在にもつながる経験だったという。ぶら下がっていたことで得たものを深堀りされると、あのは「ちょっと空中で軽くなれる」と説明、すると花澤が思わず「どこで!?」と反応。あのは「ライブとかですごいジャンプしたり動くので」と明かし、「省エネにできる」と当時の経験が現在のパフォーマンスにもつながっていると話していた。







