――信長は信じたい人から次々と裏切られ、本能寺の変を迎えますが、脚本でその流れを読んだ第一印象とそういう最期を迎えた信長の一生についてどう思いましたか?
色々と資料や文献を読んでいると、信長は裏切られる回数がかなり多いので、疑心暗鬼になるだろうし、人を信じることが難しくなって追い込まれてしまった人だと思います。かつて弟の信勝(中沢元紀さん)と家督争いをしなければいけなくなり、一度は謀反を許したのにもう一度謀反を起こされたのが、まず一つ目のダメージですね。その後、市(宮﨑あおいさん)を間に挟んで、義理とはいえ良い兄弟関係を作れるかもしれないと思ったら浅井長政(中島歩さん)が裏切る……。長政に「お前は(朝倉との戦に)参加しなくていい、動くな」という言い方をしたのに、この仕打ちか、というダメージもあったと思います。松永久秀(竹中直人さん)なんてどんどん裏切って、結果的に2回は許しているので。そんな中で、秀吉(池松壮亮さん)だけは自分を裏切らなさそうというのは、ものすごく大きかったと思います。こいつと兄弟になれたら自分の人生も違ったんじゃないかなと思った瞬間もあったのではないかと。


 

――信長にとってそれほど秀吉が大きい存在だったと感じていたんですね。
僕は、ドラマの第25回のあたりから信長は引退を考え、自分が引退した場合に誰にあとを任せられるんだろうと思っていたと想像しています。そんな中、第26回で秀吉と二人きりで話した時、「殿と一緒に新しい世の中を作りたい、そして人々を喜ばせたい」という言葉を聞いて、これだけ自分が無理難題を押し付け、嫌なことをさせてきても、まだ人を喜ばせたいと言っている彼になら、任せられるかもしれないというところに辿り着いたのかなと。僕は、第27回で明智光秀(要潤さん)の幻と顔を合わせたところで「お前じゃない」ってセリフを言わせてもらっていますが、この物語の信長は、もしも殺しに来たのが秀吉だったなら、彼の中では一番気持ちの良い幕引きだと思ったのではないかと考えています。そこに辿り着けたので、『豊臣兄弟!』で作り上げた織田信長としては、最初から最後まで一本筋が通ったと思っています。
――「お前じゃない」というセリフは脚本には無かったのでしょうか?
脚本には無くて、光秀と向き合った時に心の中から出た言葉ですね。目の前に秀吉が立っていて「あなたが死んでくれないと、次の世が来ません」と言ってくれたら、喜んで席を譲っただろうに、気難しい光秀が来るから許せないんですよね。お前じゃない!って。
――『豊臣兄弟!』で描かれる「本能寺の変」ならではの部分はどのようなところにありますか?
本能寺のラストシーンはロケで、本当の火を使って撮影しています。炎に囲まれて、画が全然違いましたね。
――小栗さんはどのような想いで本能寺の変の撮影に臨まれたのでしょうか
脚本家の八津(弘幸)さんとお会いした時に、一度は思いっきり逃げようとしたい、という話をさせてもらいました。自分が色々と資料を読んできた中で、信長は逃げると決めたら逃げ足はものすごく速かったと書かれたものがあったので、本能寺ではどうして逃げられなかったのか、結構謎だったんですよね。でも、理由の一つとして想像したのは、疲れてしまったからだと思っていて。燃え尽き症候群じゃないですが、逃げた先に何があるのか、彼の中で終着点が見えてしまったというか。これで引退して、のんびり余生を過ごそうとしても、恨みを作りまくっているので、いつ殺されるか分からない不安の中で生きなければいけない。そう考えた時に「疲れちゃった」というのが一番だったのではと自分なりに解釈して、そういう形を取れたら嬉しい、と話をしました。元々は、逃げようとしたけど諦めて、無様に死んでいくみたいな形を取りたかったんですけど、結果的には折衷案みたいな形になっていると思います。なるべくあっさり死んでいきたいというのもありましたが、この物語に則った上で、秀吉たちに対するメッセージを残して散っていけたのは、今回の本能寺だと思います。


 

――『豊臣兄弟!』では、これまでの大河ドラマであまり描かれなかった信澄(緒形敦さん)の存在も出てきます。こちらも“兄弟”がテーマの本作ならではだと思いますが、小栗さんはどのように受け止めて演じていましたか?
僕も信澄が絡んでいるのは新鮮なお話だなと思いました。信勝という弟の存在からつながっているんですよね。兄弟の形をずっと描いている『豊臣兄弟!』においては納得のいく展開だなと思います。
――本能寺の変までの撮影を終えて、本作での信長の魅力や、従来の信長像との違いはどう感じましたか?
今まで数々の方が演じてきた信長がどういうものかすべては分からないので、ここが新しい部分と提示するのは難しいですが、観てくれているお客様の意見で「すごく人間味のある信長になっている」と聞くと、そうなんだ、と。自分の中では、今回の信長は理にかなっているというか、元々はそうじゃなかったけど、「織田家」というものがどんどん大きくなっていった先に、織田信長はこうでなければいけないという姿を自分の中で作り上げていってしまったんじゃないかなと思っていて。それを脚本上でも描いてくださったので、自分の中では腑に落ちた状態で演じられたのはすごく大きなことでした。それこそ最初の方では、人前で見せる姿と、市と話す時のリラックスしている姿、一人きりの姿がそれぞれ描かれていましたが、後半にかけてそれがだんだん変わっていき、家臣たちの前では権力で支配しなければいけないから強くいなければならず、市といる時も緊張感を持たなければいけなくなり、気がついたら一番リラックスして喋れるのが秀吉になっていた。そこはもしかすると、小一郎と秀吉をしっかり描いている作品でない限り、そういう信長にはならなかった姿かもしれません。


 

――今回の役や作品を通して、自身の中で芝居の広がりや新たな発見はありましたか?
共演者に引き出してもらっているものが多いです。僕たち俳優の中では「ギフト」という言い方をしたりするものですが、もしも自分の織田信長が魅力的に映っているんだとしたら、ギフトをくれる俳優さんが多いというのが大いに影響していると思います。太賀くんや池松くんと芝居をしていると心が震える瞬間が非常に多く、その震えた心に、信長として反応して良いのかいけないのか、という選択が自分の中にありました。豊臣兄弟の家臣団を見ていると、羨ましいなと思ったりするんですよね。心が震えるままにどんどん呼応していって、この二人だから付いていきたいという芝居をやれたらきっと気持ち良いんだろうと思います。
かつて1年半、大河ドラマの主演を務めさせてもらったことは確実に自分の血肉となり、経験値として改めて時代劇に参加する時に出せている気がするので、今回の経験値がまた自分を俳優として、たくましくしてくれるのかなと思います。