――映画『平行と垂直』は、安田さんご自身が企画から携わっている作品となりますが、脚本を担当された山野海さんとはどのような出会いだったのでしょうか?
山野海さんとは即興劇をやるバラエティ番組(フジテレビ『SUPER EIGHTの あとはご自由に』)で出会いました。海さんが演出助手として来ていまして、僕らのメンバー数人が参加して即興劇をやったんですが、僕もその時に出ていて、終わった後に海さんが気になった人を一人ピックアップして対談する企画で、僕を選んでくださった。そこでの会話で、「人間は言語を喋るけど、言語に信ぴょう性も信頼性も無いですよね。言葉を喋るのが一番嘘に近いと思うから、人間は進化より退化して言葉を喋るようになったんだろうと僕は思うんだ」と話していく中で、海さんに「一緒にやりたいやつがある」と言われ、「じゃあ、やろう!」ってその場ですぐに連絡先を交換して、次の日には海さんに電話をしていました。
――すぐに意気投合して、話が進んでいったんですね
(その段階では)脚本が無かったので、海さんに「今、書いて!絶対やで。絶対やるからね」と言ったら、1ヶ月くらいで第一稿が出来上がったんです。海さんは当時、ショートムービーのイメージだったらしいんですけど、僕と出会って、大貴を馳せていく中でこの尺に仕上がったみたいです。海さんありがとう、と読ませてもらって、配給先も何も決まっていないから、僕に預けてくれるか?と言って、(本作の企画プロデューサーである)佐藤現さんに読んでほしいと電話とメールをして、ここに至っています。
――本作の脚本を読まれて、どのような点に惹かれたのでしょうか?
今回はASDの兄と定型発達の妹のきょうだい児の話ですが、僕は言語からは見えない真実というものがあると思っていて、かつ、障がいという判断を下されているか、定型発達とされているかだけで、人間本来が持っている考え方や気持ちは全部一線で繋がっているでしょ?と思っているので、まず差別という考え方をやめてほしい、区別とかをやめてほしいと思いました。伝え方や速度、表現方法が違えど、皆それぞれの気持ちや考え方があるよね?と。それをまず知ることから変わっていくことができると思っているので、自分から広げていった形になりました。
――大貴という役を演じる上で繊細な作業もされていたと思います。どのように役と向き合っていったのでしょうか?
監修にも入っていただいているさくらんぼ教室に実際に行かせていただいて、違う年齢の皆さんとお会いして、下は4歳の子から一緒に遊びました。(その子がおもちゃを)投げて遊ぶから、それを僕が拾って渡して、というようなコミュニケーションを取っていたら、お母様へも「ありがとう」の“あ”しか言ってくれんのに、僕に対して何か繋がったのか、最後に「ありがとう」って言ってくれたり、そういう経験をしたりしました。
あとはあまりにも嬉しくて、照れて握手してくれる子がいたり、自己紹介を一生懸命してくれる子がいたり、10人以上、それぞれ違う年齢の皆さんとお会いしてお話ししたんですよね。勉強しに行ったとかではなく、人間同士のコミュニケーションを取れた時間だったんですよ。生き物同士と言ったら良いんですかね?僕は普段から、人間はたまたま言語を喋れている動物だと口にするんですけど、だからこそ余計に心で繋がれている感覚に至ったんです。だからこそ、勉強しに行ったわけではないのに、自分の体にストンと大貴が入って来てくれた。
そして、ASDのお子さんがいらっしゃる親御さんやきょうだい児の方の考え方も皆様それぞれ違ったんです。ここまでは考えられる、ここまでは考えられない、ここまでは感じられる、感じられていないと思う、とか。それが大貴を演じていく中で、さくらんぼ教室の皆と会った時に思った感覚は間違っていなかったんだなと思ったのが、感情は動いているし、表現できなかったとしても理解はしているし、常々感情が渦巻いて動いているから伝えたくなっているんだろうと思った時に、大貴と向き合っていたら、希(のんさん)に対しての感情の動き方や、大貴の在り方とか、演じたという感覚ではなかったんです。自分ではこうなるなという思いで勝手に動いちゃった形だったんです。

©2026「平行と垂直」製作委員会

 

――さくらんぼ教室で過ごした時間が、安田さんと大貴を一体化させていったんですね
映画の中で、掃除をした後に「日向大貴でした」って喋っているところも台本にはセリフが無くて、勝手にリハーサルの時に出ちゃったものだったんですが、そのままで行こうとなりました。大貴の部屋の棚に並んでいる本とかも、電車好きの大貴のために置いてくださったものなんです。それを大貴として生きているから合間に読んで、多分この心情だったら、「ガタンゴトン」って自分の精神を収めながら、揺れる感情とともに動くだろうな、力が入るだろうなというふうに感覚的に動いていたんですよね。そういうシーンが映画の中にいっぱいありました。
だから、アクシデントが色々あった後の掃除のシーンは、「日向大貴でした」って言った時も、どこか心の中で揺れ動く感情があるなというのは、皆と会ったから感じたことで、自分が演じたというより、一緒に皆さんと関われたことによってインストールされて、感情を理解していったというところかもしれません。
――撮影現場で大切にしていたことはありますか?
ノンフィクションでありすぎたら、それはそれでフィクションっぽく見えるんです。お芝居自体がやりすぎているように言われてしまったりするから、ノンフィクションとフィクションの間をずっと行ったり来たりするような作り方をしていました。監督とそこはずっと細かく話し合っていて、「ここは大丈夫でしたか?」「ここはちょっとリアルすぎるので、もうちょっと物語に寄っていく形なのかな」「僕はこの時は絶対リアリティに行った方が良いと思うんだ」と繰り返していました。それを監督とだけではなく、プロデューサーの現さんやカメラマンさん、皆で一生懸命キャラクターを色んな角度から見ていました。希との関係性も、(神野)三鈴さんと(菅原)大吉さんが演じてくださる義理のご両親も、(伊島)空が演じてくれていた婚約者の方も、全方位で現場を見ていたのを覚えています。

©2026「平行と垂直」製作委員会