――デビューのきっかけは?
小さい頃から女優さんに憧れていて、自分でもやってみたいと思い履歴書を送ったのがきっかけでした。p>
――その思いを抱かせたものは?
熊井啓監督の『愛する』という作品を観てからですね。それまでは、『踊る大捜査線』とか楽しい映画しか観たことがなかったんですが、『愛する』という作品は、悲しくて、切ない物語だったんです。当時、中学生くらいだったので、真の内容は理解できていなかったと思うんですが、“お芝居はハッピーじゃないことも、こんなに伝えられるものなんだ。”と衝撃を受けて、女優になりたいと思いました。

――ご家族の反応はいかがでしたか?
最初は、全員反対してました(笑)。姉に協力してもらいつつ、両親には内緒で応募したんです。それから、オーディションを受けに行くことになり、母に話したところ「オーディションに行くだけで受かるわけじゃないんだから、行くだけ行ってみれば?」と送り出してくれて。たぶん、受かるとは思っていなかったんでしょうね(笑)。
――でも、オーディションに合格したわけですよね?
父親は猛反対で!「学校はどうするんだ!?」とか、「何の保証があるんだ!?」とか・・・(笑)。それで、「学校にもちゃんと行くし、勉強もするから!」と正座して、泣きながら説得しました。両親も、一度言い出したら聞かない性格だというのも分かっているので、最後は「自分が納得のいくまでやってみなさい。」と言ってくれました。
――晴れて、お許しがでたんですね(笑)。
でも、“18歳までに結果が出なかった場合は、大学に進学する”という条件付きだったんですけど(笑)。
――初めてのお仕事のことは憶えていらっしゃいますか?
一番最初のお仕事はVP(企業プロモーション等のVTR)の撮影だったんですけど、見るもの、やること、全てが新鮮で楽しかった反面、凄く難しかったのを憶えています。その後も、CMやVPや色々なオーディションを受けて、やっぱりお芝居は楽しいと再確認して、学校が終わった後に、お芝居のレッスンを受けたり、日本舞踊を習ったり、発声練習をしたりしながら、オーディションを受けに行っていました。 今までに体験したことのない世界だったので、もっとこの世界を知りたいし、色々な人に会いたいなと・・・どんどん興味が湧いていきました。

――その後も色々とお仕事をされていらっしゃいますが、今までで一番辛かったことは?
辛かったこと・・・、今まで経験してきたことが全て自分の糧となっているので、辛いと思ったことがあまりないんです。 辛かったこととは全く違いますけど、今まで、お仕事をしてきた中で一番成長させてもらったのは、やはり東映の戦隊ものですね。初めてレギュラーを1年間務めさせて頂いて。小さいころ、夢中になって観ていた番組で、まさか自分がヒロインとして出演できるとは思っていなかったので、大変なことも色々ありましたけど夢のような一年間でした。
――出演してから、やはり周りの反応も感じましたか?
子供のリアクションは凄く素直で、顔や言葉にすぐ出してくれるんですよ。映画が公開されてから劇場に観に行ったんですけど、ハリケンジャーがやられそうになると、「頑張れ!ハリケンジャー!」って応援してくれていたり、街で子供に会うと凄く喜んでくれて、好きでやっているお仕事でこんなに喜んでもらえるなんて嬉しいなって思いました。撮影は、夜中の3時起きだったり、アクションがあるので怪我をしたり大変でしたけど、スタッフとキャストが一緒に良い作品を作ろうとしている姿勢や子供が喜んでいる姿が見られたことは、自分にとっても良い経験でした。それと、あれだけ反対していた父親も、後楽園でショーがあるときは毎回観に来てくれて(笑)。 自分の人生や考え方を変えてくれたのは、あの番組がきっかけだったなと思います。
――ずばり、このお仕事の醍醐味は?
やはりお芝居が大好きなので、台本をもらい読み進める中で『この面白い台本を、自分はどうやって演じるか。』を考えることが、凄く楽しいですし、先ほども言いましたけど、スタッフやキャストで良い作品を作ろうと頑張ったものが、皆の手に渡る瞬間はとても充実感があります。